⭐️褒める子育てが抱える問題点
「ほめて伸ばす」子育ては、子どもの自信を高める方法として一時期もてはやされました。確かに、子どもは褒められると嬉しく、親子関係も円満に感じられるかもしれません。しかし、近年の心理学研究やアドラー心理学の教えは、過度な賞賛には思わぬ落とし穴があることを指摘しています。以下に、子どもを褒めることの主なデメリットを整理します。
- 褒められないと動かなくなる: 褒め言葉ばかりで育つと、子どもは「褒めてもらえるから行動する」ようになりがちです。その結果、誰かが見ていないと自分から行動しなくなったり、褒めてもらえない場面ではやる気を失ったりします。実際、「ほめないとモチベーションが上がらなくなる」「ほめられること自体が目的になる」といった問題が指摘されています。
- 他者の評価ばかりを気にするようになる: 親や先生の「いい子だね」「すごいね」といった評価に慣れると、子どもは自分の判断より大人からの評価を基準に行動を決める恐れがあります。いわゆる**「承認欲求」の強い子**になり、常に他人の目や評価を気にしてしまうのです。「褒めてほしい」という気持ちが原動力になると、自分が本当にやりたいことよりも「大人に認められるか」を優先するようになりかねません。
- 自信や主体性の低下: 皮肉なことに、褒められることに依存すると真の自己肯定感(セルフエスティーム)は育ちにくくなります。常に他者からの賞賛で自分の価値を測るようになるため、誰も褒めてくれないと自分に自信が持てなくなってしまいます。これは**「他人に認められないと自分はダメ」**という思い込みを生み、内発的な自尊心を損なう恐れがあります。
- 挑戦心・意欲の低下: 褒められることばかりを期待していると、失敗して評価が下がることを恐れて新しい挑戦を避けるようになる可能性があります。実際、心理学者のキャロル・ドゥエックの研究では、「頭がいいね」と能力を褒められた子どもほど難しい課題を避け、簡単な課題を選ぶ傾向が観察されました。これはミスをして「賢い」という評価を失いたくないからです。一方、努力を励まされた子どもはより難しい課題にも意欲を示したと報告されています。過度な賞賛は子どもの挑戦意欲をくじき、成長の機会を奪ってしまう恐れがあります。
- 人間関係・倫理面への影響: 褒め言葉によるコントロールに慣れてしまうと、子どもとの関係がご機嫌取りのような主従関係になってしまうことがあります。アドラー心理学では、親子は**「縦の関係」ではなく「横の関係」(対等な人間同士)であることが大切だと説きます。褒めすぎる関係はどうしても親が上、子どもが下の立場になりがちで、信頼に基づく本当の意味での親子の絆を損ねかねません。また、褒められることばかり追求するあまりに、極端な場合ほめられるためなら嘘をついたりズルをしたり**といった問題行動につながる可能性も指摘されています。例えば、テストでいい点を取って褒められたいがためにカンニングに走る、といったケースです。
以上のように、「ほめる子育て」には見過ごせないデメリットがあります。それでは、なぜこのような弊害が生じるのでしょうか。その背景には、褒めることの心理的なメカニズムと、アドラー心理学が提唱する「勇気づけ」という考え方が深く関わっています。
⭐️アドラー心理学が説く「勇気づけ」と「褒める」の違い
オーストリアの心理学者アルフレッド・アドラーの心理学では、子育てにおいて「ほめても叱ってもいけない」という一見驚くべき教えが語られています。褒めることは一見ポジティブな行為ですが、アドラーの視点では叱ることと同様に子どもをコントロールする行為とみなされます。親や先生など能力が上の立場の人が、能力が下とみなす子どもを評価する――そこには無意識のうちに「思い通りの行動をさせたい」という意図が潜んでいるからです。実際、子どもによっては大人からの安易な賞賛を不快に感じることもあります。岸見一郎氏(アドラー心理学の第一人者)のエピソードでは、4歳の息子さんがプラレールで遊んでいたとき、母親に「すごい!」と声をかけられて作業をやめてしまったそうです。息子さんは「子どもにとっては少しも難しくない」と憮然としており、大人の「すごい」という評価自体を煩わしく感じたのです。この例は、「褒める=必ず良い反応を生む」とは限らないことを物語っています。
では、アドラー心理学の提唱する**「勇気づけ」とは何でしょうか。それは一言で言えば「自分や他者が困難を克服する活力(勇気)を与えること」です。アドラーは、人間は誰しも成長の過程で困難にぶつかるものと考えました。その困難に直面したとき、乗り越えるために必要なのが「勇気」です。そして「勇気を持てるのは、自分に価値があると感じられるとき」**だと述べています。言い換えれば、「自分は人の役に立っている」「共同体に貢献できている」と感じられるとき、人は初めて困難に立ち向かう勇気を持てるということです。
この考えに基づき、アドラー心理学では親子関係を**「横の関係」で捉え直します。親は子どもを一人の人間として尊重し、上から評価するのではなく、子どもの努力や貢献を認めて勇気づけるのです。例えば、子どもが何か手伝ってくれたとき、頭ごなしに「偉いね!」と褒める代わりに「助かったよ、ありがとう」**と感謝の言葉を伝える。子どもは自分の行動が誰かの役に立ったと実感し、「自分は価値のある存在だ」という自己肯定感を抱けます。自分に価値があると思えたとき、初めて子どもは人生の課題に立ち向かう勇気を持てるようになるのです。このように勇気づけは、子どもの内面に働きかけて自信と主体性を育むアプローチです。
さらに、「勇気づけ」の関わりは親子双方に良い影響をもたらします。褒める/叱るによる上下関係ではなく対等な立場で関わることで、親も子も自己肯定感が高まり、深い信頼関係を築くことができるとされています。子どもは他者からの評価ではなく自分の成長や貢献に目を向けるようになり、親も子どもの可能性を信じて見守れるようになるのです。
⭐️褒め言葉が自己肯定感に与える影響
子どもの自己肯定感(セルフエスティーム)を育むにはどうすればよいか――この問いに対し、「良いところをどんどん褒めて育てましょう」というアドバイスは一見もっともらしく聞こえます。しかし、前述のとおり褒めすぎる子育てはかえって子どもの自己肯定感を不安定にしかねません。賞賛ばかりに頼ると子どもは「他人に認められたときだけ自分には価値がある」と感じるようになります。すると、他人から評価されない限り自分を肯定できなくなり、少しでも周囲から認められない場面があるとすぐに自信喪失してしまう可能性があります。
アドラー心理学の視点では、褒められることに慣れた子どもは**いわば「承認欲求中毒」**のような状態になるといいます。常に他者の承認を求め、自分の価値を他者評価に委ねてしまうからです。例えば兄弟姉妹がいる家庭で特定の子だけ褒められる状況を考えてみましょう。他の子より優れていると認められたいがために、その子は親の期待通りの行動を取ろうとするかもしれません。しかし岸見一郎氏は、「ほめられたいという気持ちの根底には、他の兄弟より自分が上で、親に認めてほしいという思いがある。つまり子どもが親の子分になりたがっている状態だ。それは望ましくない」と指摘しています。親子を主従関係にしないためにも、安易に子どもを評価しないことが大切なのです。
では自己肯定感を高めるにはどうするか。その鍵が前述した**「貢献感」と勇気づけです。子ども自身が「誰かの役に立てた」「自分にも価値がある」と感じられる経験を積むことで、他者から褒められなくても揺るがない自己肯定感が育まれます。例えば、親が子どもの行動に対して心から感謝し認めることで、子どもは自分の存在意義や役立っている実感**を得られます。その積み重ねが「自分は大切な人間だ」という揺るぎない自信につながるのです。
⭐️褒めることが動機づけに与える影響
褒め言葉は子どものモチベーション(動機づけ)にも影響を与えます。褒められること自体がご褒美になるため、子どもは外発的な動機づけ(外から与えられる動機)に傾きやすくなります。先述のように、褒められることに慣れた子は「それって褒めてもらえる?」と結果ばかり気にして行動しがちです。その結果、純粋な興味や達成感といった内発的動機づけが弱まり、「誰も見ていなければやらない」「評価されないことには力を入れない」という傾向が生まれかねません。
さらに、賞賛を得ることが習慣化すると失敗への過度な恐れが生じます。失敗すると褒めてもらえない、がっかりされるかもしれない──そんな不安から、子どもは挑戦を避けて安全圏に留まろうとするのです。前述のドゥエック博士の研究が示す通り、「褒められること」をゴールにしてしまうと子どもはリスクを取らなくなります。例えば、今まで簡単にこなせる課題ばかり選んで「よくできたね」と言われ続けてきた子が、少し難しい課題に直面するとどうなるでしょうか。失敗して「できない子」だと思われるくらいなら、最初から挑戦しない方がマシだ…と考えてしまうかもしれません。それでは子どもの成長の機会を奪ってしまいます。
一方、「頑張った過程」を認めたり、結果ではなく努力を評価する関わりは子どもの内発的なやる気を引き出すことが分かっています。努力そのものを価値づけられた子どもは、評価やご褒美がなくても自分の目標に向かって粘り強く取り組みやすくなります。また、「どうすればもっと良くできるか」といった内省や学びに目を向けられるようになるため、長期的に見て主体的な学習意欲も高まります。
褒め方次第では、子どもの感じ方が大きく変わることにも注意が必要です。例えば結果(能力)ばかりを褒められた子は、結果が出せないときに極端に落胆したり、「もう自分はダメだ」と学習性無力感に陥るリスクがあります。一部の報告では、褒められることを最優先するあまり目的と手段を取り違え、嘘や不正行為に走る子もいるといいます。極端なケースかもしれませんが、「テストでいい点を取ってお母さんに褒められたい。だけど勉強は面倒だ…そうだ、カンニングしよう」といった心境です。これは子ども自身にとっても不幸なことです。賞賛のために誤った道を選べば、本来得られるはずの学びや成長の機会を逃してしまいます。
要するに、褒めることは短期的には効果があっても、長期的な主体性や向上心を損なうリスクがあるのです。親や教育者としては、目先の成果よりも子どもの内なる成長エネルギーを引き出す関わり方を心掛けたいものです。
⭐️年齢による影響の違い:幼児と年長児の場合
褒め言葉の影響は、子どもの年齢によっても変化します。**幼い子ども(幼児~低学年)**は一般的に大人からの賞賛を素直に喜び、動機づけにもつながりやすいでしょう。幼児期の子どもは他者の視点や裏の意図を読む力が未発達なため、たとえ失敗した場面であっても励ましのつもりの褒め言葉(「よく頑張ったね!」など)を前向きに受け取りやすいとされています。この時期は多少たくさん褒めても副作用は表面化しにくく、むしろ自己肯定感の芽を育てる上で適度な賞賛はプラスに働く場合もあります。
しかし小学校高学年~思春期にさしかかると、子どもは徐々に大人の評価を批判的に受け止めるようになります。成長とともに自己評価と他者評価を照らし合わせる力がついてくるため、状況にそぐわない褒め方をされると反発心や不信感を抱くこともあります。実際、年齢が上がるほど子どもは大人からの褒め言葉に対して喜びを感じにくくなり、場合によってはネガティブな感情(怒りや反発)を示しやすくなるという研究結果もあります。特に自分でも「失敗した」と感じている場面で「すごいね」「よくできたね」と結果を褒められると、年長児ほど「馬鹿にされているのか」と不快に感じやすいことが示唆されています。思春期の子どもは自我が芽生え、親から離れた自立心も育つ時期です。そのため、過度に褒めたり干渉したりすると「うざい」「放っておいて」と反発されるケースも少なくありません。実際、親が良かれと思ってかけた賞賛の言葉に対して子どもから「別に大したことじゃないし…」とそっけない反応をされたり、「そんなに褒めなくてもいいよ」と不機嫌になられたりして戸惑った経験のある保護者の方もいるのではないでしょうか。
このように、年齢が上がるにつれて子どもは大人の褒め言葉を額面通りには受け取らなくなります。幼児期には効果的だった誉め方も、思春期には逆効果になる可能性があることを念頭に置き、成長段階に応じた関わり方を工夫することが大切です。
⭐️褒めない代わりに何をする?勇気づけの実践ポイント
それでは、子どもを褒めすぎない方がいいとして**具体的に親や教育者はどのような声かけをすればよいのでしょうか。**ポイントは前述した「勇気づけ」の考え方を日常のコミュニケーションに取り入れることです。以下に、褒め言葉の代わりに使える具体的なフレーズや対応策をいくつか紹介します。
- 感謝の言葉を伝える: 子どもが何か良い行動をしたときは、結果そのものを評価するのではなく、その行動によって助かったことや嬉しく思った気持ちを伝えます。例えば、親の手伝いをしてくれたときは「偉いね」ではなく、「〇〇してくれて助かったよ、ありがとう!」と言ってみましょう。感謝されることで子どもは自分が人の役に立てたと感じ、自信や自己価値感の向上につながります。
- 努力や過程を認める: 子どもの成果を褒めるのではなく、そこに至るまでの頑張りや工夫に注目しましょう。例えばテストで70点を取ったときに「どうしてあと30点取れなかったの?」と結果不足を指摘するのではなく、「7割も理解できたんだね。どんな風に勉強したの?」とできた部分に目を向けて声をかけます。または「今回は難しかったね。でも頑張って挑戦したね」と努力自体を評価するのも良いでしょう。こうすることで子どもは「できているところ」に意識を向けられ、達成感を味わうと同時に次への意欲を高められます。人は注目された行動を繰り返す傾向がありますから、できなかった点よりできた点を評価することが、さらなる成長を促すコツです。
- 失敗を肯定し励ます: 子どもが失敗して落ち込んでいるときこそ、親の「勇気づけ」が威力を発揮します。大切なのは、失敗そのものを責めたり過度に慰めたりせず、失敗は誰にでもあるし悪いことじゃないと伝えることです。「挑戦したからこそ得られた貴重な経験だね。失敗は成長のステップだよ」と声をかければ、子どもは安心し次の挑戦に目を向けられるでしょう。例えば「今回はうまくいかなかったけど、挑戦したこと自体が素晴らしいよ。次はどうしたらうまくいくか、一緒に考えてみようか」といった具合です。親が失敗に寛容な態度を示すことで、子どもは「失敗しても大丈夫なんだ」と勇気づけられ、リスクを恐れず挑戦し続ける力が育ちます。
- 無条件の愛情と信頼を示す: 子どもにとって「自分は愛され、信じられている」という実感ほど心強いものはありません。日頃から**「大好きだよ」「あなたのことを信じているよ」「いつでも応援しているよ」といった言葉を伝えましょう。特に何か達成したときだけでなく、何もない日常の中でも「あなたがいてくれて嬉しい」と伝えることが大切です。例えば、親が電話をしている間に子どもが静かに待っていてくれたら、「静かに待ててえらいね」ではなく「静かにしていてくれてお母さん助かったよ。ありがとう」**と伝えるだけでも十分勇気づけになります。このように、子どもの存在そのものを肯定するメッセージを送ることで、子どもは条件付きではない安心感を得られます。親の愛情が成果や良い子であることと結び付いていないと分かれば、子どもはありのままの自分を受け入れ、自己肯定感をより強固なものにできるでしょう。
以上のような関わりを実践することで、子どもは他者の評価に依存せずとも自ら考え行動する力を身につけていきます。ポイントは、親が評価者や裁定者になるのではなく、良き理解者・応援者として寄り添う姿勢を持つことです。子どもは「自分は信頼されている」「自分でできると期待されている」と感じるとき、主体性や責任感が育まれます。まさにそれが「勇気づけ」による子育ての理想と言えるでしょう。
⭐️まとめ
子育てにおける「褒め言葉のデメリット」について、アドラー心理学の視点を中心に考察してきました。褒めること自体は決して悪い行為ではありませんが、その影響を過信しすぎると子どもの自主性や本当の自信を奪ってしまう可能性があります。褒めることと勇気づけることの違いを理解し、日々のコミュニケーションに取り入れることで、子どもの自己肯定感ややる気を健全に育むことができます。重要なのは、子どもが自分の価値を自分で感じられるようにサポートすることです。そのために、親や教師は評価者ではなく伴走者として寄り添い、必要なときには「大丈夫、あなたにはできるよ」と背中を押してあげましょう。
褒め言葉に潜むデメリットを理解した上で、「勇気づけ」の実践を通じて子どもたちが自らの力で未来へ踏み出す勇気を育んでいけることを願っています。
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