⭐️「覚えられない」を「身についている」へ 〜長期記憶への定着の大切さ〜

記憶と支援のはなし

「覚えられない」を
「身についている」へ

短期記憶やワーキングメモリが弱い方にとって、その場で覚えることはとても大きな負担です。だからこそ大切なのが、生活に必要なことを少しずつ「長期記憶」に移していくこと。そのしくみと、家庭や支援の場でできる工夫をまとめました。

01 記憶のしくみ

記憶には「作業台」と「棚」がある

見たり聞いたりした情報は、まず一瞬だけ頭に入り、注意を向けたものが「ワーキングメモリ」にのります。ここでは、ワーキングメモリを「心の作業台」、長く保存される長期記憶を「棚」にたとえて考えてみます。

作業台には、台が小さい(一度にのせられる量が限られる)、すぐ片づいてしまう(使い続けないと消える)、混むとこぼれる(新しい情報が来ると前の情報が押し出される)という特徴があります。ワーキングメモリが弱い方は、この作業台がもともと小さい状態です。

作業台の小ささは、やる気や性格の問題ではありません。脳の働き方の特性です。

02 生活での困りごと

生活の中では、こんな姿で現れます

  • 3つ言われると、最後しか残らない複数の指示の一部が抜ける
  • 取りに行ったのに、何を取るか忘れる移動の間に目的がこぼれる
  • 書き写しに、とても時間がかかる少しずつしか覚えて運べない
  • 話している途中で、言いたいことが消える考えることと話すことが重なる
  • 昨日できた手順を、また一から確認するまだ棚にしまわれていない
  • 「さっき言ったよね」が何度も続く周りも本人も疲れてしまう

周りからは「聞いていない」「やる気がない」と見えやすいのですが、どれも作業台からこぼれ落ちているサインです。注意されることが重なると、ご本人の自信も少しずつ削られていきます。

03 支援の軸

作業台は広げにくい。
だから、棚にしまう。

ワーキングメモリそのものを鍛えるトレーニングもありますが、練習した課題は上達しても、学習や生活の他の場面にまで効果が広がるという根拠は弱い、とする研究が多くあります。

そこで発想を変えて、作業台を広げようとするのではなく、生活に必要なことを棚(長期記憶)に移していく。棚にしまわれたことは、作業台をほとんど使わずに取り出せるようになります。これが、長期記憶への定着を大切にする理由です。

04 長期記憶の強み

作業台と棚のちがい

ワーキングメモリ(作業台)長期記憶(棚)
容量小さいとても大きい
保てる時間短い(使わないと消える)長い(何年も残る)
使うときの負担注意と努力が必要慣れたことは自然に取り出せる
弱さの影響そのまま困りごとに出やすい時間をかければ少しずつ積み上げられる
関わりの方向負担を減らす・外から補う生活に必要なことを移していく

身につくと、作業台が空く

定着する前(朝の支度の例)

毎回「次は何だっけ?」

  • 手順を作業台にのせながら動く
  • 話しかけられると、そこで止まる
  • 声かけがないと先に進めない
定着した後

体が順番を覚えている

  • 考えなくても手が動く
  • 途中で話しかけられても戻れる
  • 空いた作業台を、会話や新しいことに使える

「考えなくてもできる」ことが増えるほど、ご本人の自信と自立につながっていきます。

05 定着させる方法

長期記憶に落とし込む5つの方法

  1. 1

    間をあけて、くり返す

    一度にたくさんより、日をあけて何度も触れる

  2. 2

    思い出してもらう

    教え直す前に、本人に「なんだっけ?」と取り出してもらう

  3. 3

    意味とつなげる

    好きなこと・経験・「なぜそうするのか」と結びつける

  4. 4

    目と体も使う

    見る・言う・動くを組み合わせ、いくつもの入口から入れる

  5. 5

    いつも同じにする

    同じ順番・同じ場所・同じ言葉で、ルーティンにする

記憶の定着には睡眠も関わっていることが知られています。生活リズムが整っていることも、大切な土台です。

① 間をあけて、くり返す

同じ回数の練習でも、一度にまとめて行うより、間をあけて行ったほうが記憶に残りやすいことが知られています(分散効果)。忘れかけたころにもう一度触れることで、棚にしっかりしまわれていきます。

  1. 1回目当日
  2. 2回目翌日
  3. 3回目数日後
  4. 4回目1週間後
  5. 5回目さらに先

まとめて詰め込む

その日はできても、数日後には抜けやすい

間をあけて少しずつ

思い出すたびに、棚にしっかりしまわれていく

間隔はあくまで一例です。ご本人の様子に合わせて、少しずつ広げていきます。

② 教え直す前に、思い出してもらう

忘れていると、つい正解をもう一度伝えたくなります。でもそれは、作業台に情報をのせ直しているだけ。本人が自分で思い出す(取り出す)こと自体が、記憶を強めることがわかっています(テスト効果・想起練習)。

もう一度伝える

「明日の持ち物は、水筒とタオルと連絡帳ね」

聞いて安心はできるが、覚える練習にはなりにくい

思い出してもらう

「明日の持ち物、何があったっけ?」

自分で取り出すたびに、記憶の通り道が太くなる

  • 出てこないときは最初の一文字や絵カードなど、ヒントを少しずつ
  • 答えられたら一緒に確かめて「思い出せたね」と返す
  • 難しさは少しがんばれば答えられる程度に調整する
06 研究で見る

人はどのくらいのペースで忘れ、いつ復習するとよいのか

「忘れ方」と「復習のタイミング」については、100年以上前から研究が続けられています。代表的な研究を3つ紹介します。

研究1 エビングハウス(1885年)/ミュレ&ドロス(2015年・再現研究)

忘れ方は「最初に急で、あとはゆるやか」

ドイツの心理学者エビングハウスは、意味のない文字の並び(例:「NAK」「DEP」)を自分で覚え、時間をおいて覚え直すのに必要な手間がどれだけ減るか(節約率)を調べました。これが有名な「忘却曲線」です。

0% 20% 40% 60% 覚え直しの節約率 58%44%36%34%28%25%21% 20分1時間9時間1日2日6日31日 覚えてからの時間(横軸は時間がたつほど縮めて表示)
Ebbinghaus(1885)のデータをもとに作図。節約率=最初に覚えたときより、覚え直しの手間が何%少なくて済んだか。
  • 忘れるのは、覚えた直後がいちばん速い。最初の1日で大きく下がり、その後はゆるやかになります。
  • 1か月たっても、ゼロにはならない。31日後でも覚え直しの手間は約2割少なく、「忘れたように見えても、記憶の跡は残っている」ことを示しています。
  • 2015年にはオランダの研究者が同じ方法で再現実験を行い、ほぼ同じ曲線が得られました。1日後のあたりで少し持ち直す傾向も報告されています。

よくある誤解:「1日で7割近く忘れる」と紹介されることがありますが、グラフの数字は「覚えている割合」ではなく「覚え直しがどれだけ楽になったか」です。また、意味のない文字列を大人1人が覚えた実験なので、意味のある内容や生活の手順は、もっと忘れにくいと考えられています。大切なのは数字そのものより「直後に急に忘れる」「でも、覚え直すと速い」という形です。

研究2 セペダら(2008年)

復習の間隔は「いつまで覚えていたいか」で変わる

1,350人以上を対象に、最初に覚えてから復習するまでの間隔(最大3.5か月)と、最後のテストまでの期間(最大1年)を組み合わせて調べた大規模な研究です。復習の間隔は短すぎても長すぎても効果が落ち、ちょうどよい間隔は「覚えておきたい期間」が長いほど長くなることがわかりました。

覚えておきたい期間最も効果的だった復習の間隔日数にすると
1週間後までその期間の約20〜40%約1.5〜3日後に復習
1年後までその期間の約5〜10%約3週間〜1か月後に復習

右の列は、研究で示された割合から計算した目安です。

つまり、すぐ使うことは数日おきに、ずっと使い続けたいことは間隔を少しずつ広げながら復習するのが効率的だということです。

研究3 カーピキー&ローディガー(2008年)

「見直す」より「思い出す」が記憶を残す

外国語の単語を覚える実験で、一度言えるようになった単語を「その後も見直し続けるグループ」と「その後も思い出すテストを続けるグループ」などに分け、1週間後の記憶を比べました。結果は、くり返し思い出す練習をした場合に記憶が大きく残り、見直しをくり返すことにはほとんど効果がありませんでした。

復習は「もう一度教える・見せる」ではなく、「何だったっけ?」と本人に取り出してもらう形で行うと効果が高まります。

生活に当てはめると

復習スケジュールの一例

3つの研究を組み合わせると、「忘れやすい最初のうちは間隔を短く」「思い出せるようになったら少しずつ広げる」「毎回、思い出してもらう形で」が基本になります。

  1. 当日寝る前などに一度思い出す
  2. 翌日もう一度思い出す
  3. 2〜3日後ヒントを減らして
  4. 1週間後自分で言えるか確認
  5. 2〜4週間後ときどき確認

ここで紹介した研究の多くは、一般の大人や学生を対象にしたものです。ワーキングメモリの弱さがある方では、最初の間隔を短めにし、思い出せなかったら一つ前の間隔に戻すなど、ご本人の様子に合わせて調整してください。

07 支え方の組み立て

定着するまでは「外部記憶」で支える

長期記憶に入るまでには時間がかかります。その間は作業台だけでがんばらせず、絵カードや手順表、チェックリストなどの「外部記憶」で支えます。そして、できてきたら手がかりを少しずつ減らしていきます。

  1. STEP 1

    外から全部支える

    絵カード・手順表・チェックリストを見ながら一緒にやる

  2. STEP 2

    手がかりを減らす

    指さしだけ・最初の一言だけ・手順表の一部を隠す

  3. STEP 3

    自分で取り出せる

    手順表なしでできる。迷ったときだけ見に行ける

外部記憶は「頼りすぎ」ではなく、長期記憶へ渡すための足場です。ご本人にとって便利なものは、ずっと使い続けてかまいません。

08 生活の場面で

ちょっとした置きかえの例

その場をうまく回すための関わりから、「次からは自分でできる」ための関わりへ。視点を少しだけ移してみます。

朝の持ち物準備

ついやりがち

毎朝、口頭で全部伝える

定着につなげる

写真つきのリストを同じ場所に貼り、「次は?」と聞く

手洗い・片づけ

ついやりがち

できていない所をその都度注意する

定着につなげる

同じ言葉・同じ順番で手順を固定し、毎回なぞる

新しい約束

ついやりがち

一度説明して「わかった?」で終える

定着につなげる

翌日、数日後に「どんな約束だった?」と思い出してもらう

いくつかの指示

ついやりがち

3つまとめて口頭で伝える

定着につなげる

一つずつ伝えて、終わったら次へ。ボードやメモにも残しておく

まとめ

「何度言っても覚えない」ではなく
「まだ棚に入っていない」

  1. 1作業台を鍛えるより、棚に移す
  2. 2間をあけて、思い出してもらう
  3. 3外部記憶を足場に、少しずつ手放す

そう言いかえてみると、次に何をすればいいかが見えてきます。家庭と学校、支援の場で同じ関わり方をそろえることも、ご本人にとっての「いつも同じ」をつくり、定着を助けます。

参考文献

  • Ebbinghaus, H. (1885). Über das Gedächtnis: Untersuchungen zur experimentellen Psychologie. Leipzig: Duncker & Humblot.(英訳:Memory: A Contribution to Experimental Psychology, 1913)
  • Murre, J. M. J., & Dros, J. (2015). Replication and analysis of Ebbinghaus’ forgetting curve. PLOS ONE, 10(7), e0120644.
  • Cepeda, N. J., Vul, E., Rohrer, D., Wixted, J. T., & Pashler, H. (2008). Spacing effects in learning: A temporal ridgeline of optimal retention. Psychological Science, 19(11), 1095–1102.
  • Karpicke, J. D., & Roediger, H. L. (2008). The critical importance of retrieval for learning. Science, 319(5865), 966–968.
  • Melby-Lervåg, M., & Hulme, C. (2013). Is working memory training effective? A meta-analytic review. Developmental Psychology, 49(2), 270–291.
  • Cepeda, N. J., Pashler, H., Vul, E., Wixted, J. T., & Rohrer, D. (2006). Distributed practice in verbal recall tasks: A review and quantitative synthesis. Psychological Bulletin, 132(3), 354–380.
  • Roediger, H. L., & Karpicke, J. D. (2006). Test-enhanced learning: Taking memory tests improves long-term retention. Psychological Science, 17(3), 249–255.
よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

目次